花火より はかなきものは命だと 葉月十五夜 祖母は言いけり
あの忌まわしい夏。失ったものを取り戻すようにがむしゃらに生きた昭和の女は、花火の煙に焼け跡を重ねた。
花火のように一瞬の輝きを残して尊い命を奪われた人は数え切れません。魂がぞんざいに打ち捨てられていた日々は遠くなりつつあるけど、年老いた証人たちは今もなお残像に苦しめられているのです。
携帯の履歴を消して 眠っても 君が記憶に寄生している
君が居たこと、2人の時間、いわゆる思い出。全て抹消したはず。でもどうして、夢の中で出会ってしまうのだろう。
携帯やパソコンを操作する度に思います。人間の記憶も消去できたらいいのにと。それなりの期間生きていると忘れたいことなんか一つや二つではないですから。悲しい過去は埃を被って邪魔になるだけ。
飛行機に追いつきたくて 新幹線全力疾走 片道切符で
憧れのあの人は雲の上の存在。叶わぬ恋だと気付いていても のぞみは今日も走り続ける。
新幹線の車窓から飛行機を見たとき、何となく二つを擬人化してしまいました。もし「機関車トーマス」の世界が実現したら、「のぞみ」は誰に恋をするのでしょうか。
身をこがす 炎にかすむ筑波嶺に とかす雪さへ つもらざりけり
熱い想いで雪が溶ける?いいえ、そもそも雪など積もらないのです。地に落ちる前に溶けてしまうから。
リンク先サイト様掲載歌。筑波の山に想いを馳せた恋歌への返歌です。雪のように想いが積もるうちはまだ楽なものですよね。消すことさえできない炎に比べれば。多分見ているあの人へ―
はぐれ雲 行き着く果てで見たものは 呆れるほどに 蒼い空だけ
自由を探して、自分を探して―どのくらい歩き続けたのだろう。今見えるのは夕焼けよりも悲しい青空。
雲一つ無い青空・・・爽快な光景ですが見上げていると不安になります。自分の存在を咎められていると錯覚するくらいに、あまりにも透明な空気が乾いた心を優しく締め付けるのです。あくまで優しく。
咳ひとつ 君に寄り添うウイルスに 嫉妬している 熱もないのに
憎らしいのはウイルスなのか。君にうつした「誰か」なのか。微熱みたいに曖昧な嫉妬が私の中で増殖して行く。
風邪は人にうつすと治る、なんて言いますが本当なのでしょうか?密かに想う人の保有していたウイルスが自分には感染しなかったとき、思いのほか悲しいものでした。免疫力が強かったのでしょうけどね。
2人だけに 通じる言葉を生み出せば 恋はひとつの歴史に変わる
日本語なのに他人には通じない。君が名付けた固有名詞は私の中に「時代」を刻む。2人だけが生きた時代を。
大げさかもしれませんが隠語は小さな文化だと思います。2人しか知りえない大切な言葉。その人と過ごした時代の確固たる証拠となって生き続けるのです。今でもたまに思い出したりして。
思春期と 同じ季節の夕暮れに 夢は見えずに 変わり果てた空
何年たっても夏は夏だし冬は冬。永久不変の時の中で変わってしまったのは自分なのか、空の色なのか。
人間もきっと脱皮しているのです。脱ぎ捨てた皮が見えないだけで。成長の犠牲に数え切れないものを捨てていくのですから。純粋な夢が、大人社会では邪魔になるなんて思いたくはないですけどね。
水鏡 うつりし紅葉 手にとれば 波にまぎるる御室の景色
古都を彩る自然の錦。映す水面に思わず手を伸ばした。頼りなく波紋に揺れる様、いとうつくし。
紅葉の季節、念願の仁和寺に参詣しました。古寺と紅葉と水面、三者が織り成す絶景は写真よりも鮮明に視覚が憶えています。実際には水面に触れることはなかったのですが・・・
蛇の目傘 濡れ髪の君 迎え入れ遠回りした 夕立の帰路
遠慮がちにうつむけば、ガス灯に照らされた水滴が真珠みたいに綺羅綺羅と、洋服姿の君を飾り立てている。
一応明治時代くらいの設定にしてしまいました。蛇の目傘、すっかり見かけなくなりましたね。突然の夕立だったり、しとしと降る長雨だったり・・・日本の雨にはピッタリのアイテムだと思います。