メイクが終わると衣装の着付け。他の女性陣は大奥のような打掛だが平安末期の浄瑠璃姫は当然異なり袿袴である。「有職文様」ではないものの、きらびやかで美しい赤色の袿だった。着付けを終えてカツラを装着したら浄瑠璃姫の完成。
女性参加者の中には姫君ら主役以外に抽選で選ばれた「局」「腰元」がいて、その中に何度も参加しているという常連のご婦人(推定60代)がいた。当然お局様かと思いきや、ピンクの可愛い着物の腰元・・・なんか自分の数十年後の姿のようだったので笑えない・・・
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支度を終えた一行はバスで行列の出発地点である伊賀八幡宮へと向かう。時代装束系イベントではよくある光景なのだが、バスの中に着物&カツラで決めた人々がびっしり座ってるのってすっごい違和感。すれ違う車の人たちも怪訝そうな表情であった。
行列の形態は、家康&徳川四天王は騎馬、他の登場人物は徒歩。女性陣も重たい衣装とカツラでおよそ二キロを歩くのである。しかし、なぜか義経と浄瑠璃姫だけは車だった。車と言っても小さめのトラックみたいなのに装飾を施した簡単な造りだけど。この車に乗って観客に手を振りながら進むという以前からやってみたかった皇室パレード形式が実現してもともと高かったテンションがついにマックス到達。車に乗るときに小道具を渡された。檜扇の他に何だろう?と思ったら赤い和傘だった。開くとちょうど日よけにもなるし絵になる。義経さんは笛を渡されていた。今回コンビを組む(お笑いかよ)義経さんは歌舞伎の一族にいそうな風貌で、直垂がよく似合っていた。車の下に奥様とお子さんが来ていてエールを送っていた。
私の方はと言うと、付き添いの輝さんが人ごみの中から声をかけてくれた。今思うと、この時、彼にカメラを渡しておけば自分の晴れ姿を記録できたのだが当時は舞い上がってるものだから知恵が回らなかった。
家康以下武将たちが出発地点の伊賀八幡宮で出陣式を行い、「エイ、エイ、オー!」と勝鬨の声が聞こえる。・・・恥ずかしながら今までずっと英語の掛け声だと思っていた・・「eieioh〜!!」ってな感じで。士族の先祖が呆れているだろう・・。
そして行列がスタート。家康行列に参加するのは武将、姫だけではない。岡崎市長やプリンセス岡崎(ミスコンの人)、姉妹都市の関係者、神社の人たち(神主さんが衣冠を着ていて素敵だった)、地元小学生の鼓笛隊・・・かなりの人数である。義経と浄瑠璃姫はメイン的役柄の中で一番先に登場し、家康は最後の方だった。
車はゆっくりと進む。それにしても・・・傘が重い。左手で傘と檜扇を持って右手で観客に手を振っているのだけど。傘を閉じようかとも思いつつ、でも傘があったほうが絵的にいいだろうなーとも考えていた。
そして順路の中間地点に差し掛かった。勤務先病院の目と鼻の先。患者&知人多発ゾーン。見渡せば大勢の観客に混じって知った顔が続々登場。馴染みの和菓子屋さんも靴屋さんも満面の笑みで手を振ってくれる。もちろん、こちらも応える。うちの院長の奥様と娘さんの姿も見えた。ああ、やっぱり地元っていいなあ・・・。今まで参加したお祭りなどは知り合いも全くいない遠方ばかりだった。それはそれで良いのだけど、何かこう、僅かながら寂しさを感じていたんだな・・今回それをようやく自覚した。
行列は東岡崎駅(ローカルで失礼)を経由して、桜まつりメイン会場に向かう。その間は最も混雑する場所で、本当にたくさんの人たちが沿道に集まっていた。その中に見覚えのある熟年離婚しそうな夫婦を発見!・・・両親だった。
うちの両親、特に母は私の装束放浪に対して呆れるというかドン引きしているのでまさか見に来ているとは思わなかった。余談だけど母は独身時代に名古屋のデパートに勤務していた。名古屋祭の英傑行列(信長・秀吉・家康)の姫役(濃姫など)は市内のデパートで働く女性の中から選出され、母の勤務先からも姫役が選ばれた。母はじめ何人かの女子社員は腰元として出演。しかし母は「何であんな子が姫で私は腰元??」とキレてボイコットしたらしい。どんだけ自分に自信があったのか・・?
思えば両親が私の装束姿を見るのは初めてだった。あれだけ「恥ずかしい」だの「二度とやらないでほしい」と言ってたくせに、いざとなったら『韓流スター来日で空港で出迎えるオバハン』と化していた。「フッ・・騒いでるそっちのが恥ずかしいだろ」と思いながらもすごく嬉しかった。要するにアレですな。親子揃ってツンデレという訳だ。
駅前を通り抜け、メイン会場へ到着。そこでは火縄銃の実演や模擬合戦が繰り広げられる。行列を終えた私たちは見てるだけ。若干退屈だった。
その頃、輝さんはというと川を挟んで向かい側の河川敷で一人寂しく広島風お好み焼を食べてたという。見失ってごめんよ。
今回の家康行列は本当に楽しくて幸せだった。30万人以上の人が身に来てくれ、知り合いにも応援してもらえて、両親になんだかんだ言って喜んでもらえた。
早めに咲きすぎたけど、何とか持ちこたえてくれた桜の木にも感謝。
翌日、出勤すると色々な人から感想を聞かされた。「めっちゃ目立ってたよ」「お疲れ様」など。心残りは、着替え場所も武将の皆さんと別だし、行列の並び順も場所的に遠いので家康さんに会えなかったこと。
あとは不満なし!桜最高!家康最高!!元々大好きな「岡崎の桜」が益々好きになってしまった。大勢のスタッフや観光協会の方々にこの場を借りて改めて御礼申し上げたい。ありがとうございました。
※【補足】家康行列は翌年(平成20年)より内容が一部変更されました。まず義経と浄瑠璃姫が外され、徒歩だった他の女性陣は車両へ乗ることになったようです。
私が最後の浄瑠璃姫だったんですね。